新潟EC協議会会員様ご紹介
(有) 寿し銭 代表取締役 藤田 英明 様
新潟県村上市瀬波温泉にて、寿司店を営んでいる。創業は、S.37年。
実父が寿司店を始めた。代表が後を継いだのは、3年程前。
実際に後を継ぐまでは、色々な経験をしてきた。
18歳、高校を卒業して東京の料理専門学校へ進学。
20歳、手巻き寿司専門店『秀』に入社。
23歳、先輩に誘われて和食専門店に修行を兼ねて入社。
当時は、バブル景気もあり、お客様も多かった。板前も8人居た。
24歳、実父より連絡が有り、「そろそろ帰って来ないか。」と言われたが、
まだ修行をするからと断り、東京で頑張ることにした。
住まいは、国道246号と環状7号線の交差点の角のアパート。
自動車の騒音が凄くて、時には暴走族が夜寝る頃に通ってかなりうるさかった。
しかし、慣れとは恐ろしいものでいつの間にか、その騒音が子守唄に
なっていた。
25~26歳の頃にバブルが崩壊して、店もお客様が激減。売上げも落ちて
板前も気が付くと4人になっていた。
30歳になり、板前も私を含めて3人になり「これでは店の将来が見えた。」
と思い、親父からも「帰って来い。」と言われていることもあり実家に
戻ることにした。
しかし、戻ってからも修行は続いたという。東京でやってきたことが実家(地元)
では通用しないのだ。
東京では寿司の握り方は“完璧”だと思っていた。
寿司の握りが親父のようにまだうまくいかないのだ。親父の寿司は『フワッ』と
している。
シャリ(ごはん)の隙間にほどよい空気がありシャリの上にネタを乗せて
握った寿司をお客様の目の前に置いたときに少し沈むという。
この「少し沈む」握り方が現在でも不足分なのか、親父から完璧なOKが
出ないという。
代表は、「親父を早く追いつきたいし、越えたい。」と日々頑張っているという。
寿司の舎利(しゃり)は、新米よりも古米の方が良いという。
「酢がご飯に染み込みやすい。とても良い舎利が出来るんです。」
ネタは、地元の海で獲れた魚介類を使用。
「魚を見ると良いか悪いかすぐにわかる。」「魚は、吊り網か底網で獲る。
吊り網で獲れた魚はツヤが全然違う。底網で獲れた魚は雲って見える。」
「それを見極めて仕入れをする。」
米は地元の岩船産コシヒカリ、水はアルカリイオン水、
海苔は九州の有明産を使用。
「やっぱり、お客様に“おいしい”と言わせたい。言われた時に充実感を感じる。」
陶器(お皿等)は一部、陶芸の修行をしている妹さんの作品の焼き物を使用している。
『寿し銭』の定休日は決まっていない。ほぼ休み無し。
決まっている休日は、8月初旬の週の一日と元旦の二日だけだという。
代表は、「親父はタフですね。とにかく休まないし、病気もしない。今年68歳とは
思えない。」「ちなみに私は、週一で忙しくない日に休みをもらっています。」
代表の休みの日は、もっぱら趣味のドライブに行くという。
地元の笹川流れを愛車の「BMW アルピナ B3」で流してくる。
「ドライブが私のストレス発散法です。」と言っていた。
好きな言葉は「継続は力なり!」「親父にも、お客様にも認めてもらうには
失敗と成功を繰り返し反省し、やり続けること!」そう言いながら、
「やっぱり早く親父に追いつきたい。」と言っていた。
「家族で来られたお客様の中で、特に気を使うのはお子様。」
注文を受ける時に“わさびの有無、好き嫌い”を聞いてなるべくやわらかく
食べやすいネタを選んで握る。
代表が小さい声で
「実は、子供の印象が良いと必ずその家族は、また来てくれるんです。」
と笑顔でいっていた。子供の一番人気は、“マグロ”の寿司だという。
現在、ホームページを利用してネット販売もしている。
寿し銭で使用している、お米(岩船産)、海苔(有明産)、塩(笹川流れ)、
“のど黒一夜干し(長崎県産)”を販売中だ。
「お客様は以前よりも減少しているし、単価も落ちている。」
「ネット販売が売り上げに繋がればと思っている。」
新潟寿司組合のセット商品名『極み』。「地元の寿司店と協賛して
季節ネタを使用し、一皿(10貫)3,000円で提供している。」結構、人気らしい。
代表に聞いた。プロの寿司職人とは?
『お客様のニーズにこだわり、時代に合った商品提供をし、遠方の方からも
選ばれる店作りを出来るのがプロ!』
私は、次にこの店に来る時は、仕事ではなく、客として顔を出したいと想った。